2010年12月9日木曜日

聖女の救済 東野 圭吾

 「おそらく君たちは負ける。僕も勝てない。これは完全犯罪だ。」

昔、大ヒットした海外ドラマに「刑事コロンボ・シリーズ」が在る。
この作品の特徴は「いきなり犯行の全容を視聴者に見せた上で、コロンボ刑事が関係者と遣り取りをし、
様々な手掛かりを見付け出して行く事で、最終的に犯人を自供に追い込む。」という「倒叙形式」が採られている。

視聴者は「犯人」や「犯行過程」が最初から示されている訳で、「どうやって“探偵”が“犯人”を見抜くのか?」や
「“探偵”はどういう風にして“犯人”を自供に追い込んで行くのか?」を楽しむことになる。


ドラマ「古畑任三郎シリーズ」もこのスタイルを採っていた。

「聖女の救済」は東野圭吾氏の人気シリーズ「探偵ガリレオ・シリーズ」の長編第2弾だが、
最初から犯人が示されている“と言っても良い”点では倒叙形式と似ているが、具体的な犯行トリックが判らない。

「天才物理学者・湯川学がいかに犯行トリックを見破り、そして犯人を自供に追い込んで行くか。」を、読者は楽しむ事になる。
だから読者の楽しみは犯人探しではなく、天才物理学者の湯川の協力を得て警察が犯人を捜し当てる過程の追体験と、
犯行の方法の推理だ。

冒頭に描かれているのは、IT企業社長の真柴義孝がキルト作家で妻の綾音に別れ話を切り出す場面。

ドライな義孝にとって結婚は子供を持つ為の手段に過ぎず、綾音に結婚を申し入れる際にも
「1年経っても子供が出来なかったら離婚する。」と伝えてあった。
子供に恵まれないまま“期限”を迎えた事で、義孝は冷酷な通告をしたのだ。
それを聞いた綾音は、心の中で義孝に呼び掛ける。「私はあなたを心の底から愛しています。
それだけに今のあなたの言葉は私の心を殺しました。だからあなたも死んでください―。」と。

翌日は土曜日。その朝に綾音は実家の在る札幌へと向かう。
父親の体調が良くなく、看病している母親の手伝いをする為という事だった。
そして日曜日の夜、義孝が毒殺される。自宅でコーヒーを飲んでいて倒れたのだ。
彼は土曜の夜及び日曜の朝にも同じコーヒーを飲んでいたにも拘わらず、全く無事だったと言うのに。

殺害動機の面で最も疑わしき綾音だったが、「確実なアリバイ」と「毒物混入方法が不明」という点で容疑者から外される方向に。
しかし彼女に強い疑惑を持つ女性刑事・内海薫は、湯川に捜査協力を求め・・・。


次の2つの湯川の言葉は、この作品を上手く暗示していると思う。

無駄なものだと思って取り除かれた物にこそ、もっと重要な意味があった

「恐竜の化石といえば骨だろうと君はいったが、その思い込みにこそ重大な落とし穴が潜んでいる。
それにより多くの古生物学者たちは、貴重な資料を大量に無駄にしてしまったんだ。
(中略)穴を掘っていたら恐竜の骨が見つかった。学者たちは喜び勇んで掘り出す。
骨についた土をすべて綺麗に取り除き、巨大な恐竜の骸骨を作り上げる。
なるほどティラノサウルスは、こんな顎を持っていたのか、こんなに腕は短かったのか、という考察を始める。
だけど彼等は大きな過ちを犯していた。
2000年、ある研究グループが、掘り出した化石の土を取り除かず、そのままCTスキャンし、
内部構造を三次元画像にするということを試みた。するとそこに現れたのは、心臓そのものだった。
それまで捨てていた骨格内部の土は、生きていた時の形をそっくり残した臓器などの組織にほかならなかったというわけだ。
今では恐竜の化石をCTスキャンするのは、古生物学者たちのスタンダードな技術となっている。
(中略)この話を初めて知った時、これは数千万年という時代が作りだした巧妙なトリックだと思った。
恐竜の骨を見つけた時、内部の土を取り除いた学者たちを非難することはできない。
残っているのは骨だけと考えるのがふつうだし、その骨を露わにし、見事な標本を作ろうとするのは研究者として当然のことだ。
ところが、無駄なものだと思って取り除かれた土にこそ、もっと重要な意味があった。」

虚数解

「今日、君が帰った後も、あれこれ考えてみた。真柴夫人が毒を入れたと仮定して、どういう方法を用いたのかをね。
だけどどうしてもわからない。僕が出した結論は、この方程式に解はない、というものだった。
ただ一つを除いてね。
(中略)ただし、虚数解だ。(中略)理論的には考えられるが、現実的にはありえない、という意味だ。
北海道にいる夫人が東京にいる夫に毒を飲ませる方法が一つだけある。だけどそれを実行した可能性は、限りなくゼロに近い。
わかるかい?トリックは可能だが、実行することは不可能だということなんだ。」


犯人は判っているし、「これは何等かの意味合いを持っているな。」と感じる“物”も判った。
ここまでは、読者は、たどり着く、しかし、犯行の方法が判らなかった。

方法論としては可能だが、“一般的な感覚”では考えられないトリックだから。
湯川をして「驚くべき執念、おそるべき意志の強さ」と言わせしめたトリックでも在る。

このトリックも常識的には、「実際には在り得ない・・・。」と思ってしまう事は必定。

ヒントを配置してあるのだが、常識的な読者は、あれやこれやと考えるが、回答にはたどり着かない。

この作品、文芸雑誌「オール讀物」の2006年11月号から2008年4月号にかけて連載された。
ドラマ「ガリレオ」が放送開始となったのは2007年10月15日なので、この連載中という事になる。
ドラマが大人気となった為だろうか、作品の最後の方で内海がiPodで聞いているのが福山雅治氏の曲という事になっている。

内海という女性の刑事が登場するのだが、映画の企画で創造された人で、
本書と「ガリレオの苦悩」から原作でも登場するようになったらしい。
この人がいることによって、犯罪捜査以外のドラマ性も加わった。

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