『瓜仙人』
帝のつかいを終え、木陰で随身たちとひと休みしていた源博雅は、年老いた翁が瓜をくれとせがんでいるのを眺めていた。
それを断られると、それでは瓜の種でもよいからくれと云う。
翁は種を受けとり、術をつかってそれからみごとな瓜をならせ、みなでそれを食べた。
しかし、いつの間にか翁は消えており、荷にもとからあった瓜もすべて無くなっていた。
翁は博雅が阿倍晴明の屋敷に行くことを確かめており、「檻の竹筒を持ってゆくゆえ……」との伝言を頼んでいた。
『鉄輪』
深夜、貴船神社に向かって歩く女があった。
それは鬼気迫る様相で、唇に釘を一本くわえ、手には人形と鉄の槌を握っていた。
社の入口で、女は行く手を阻まれた。それは貴船神社につかえる男であり、男は女が鬼神になるであろうことを告げた。
すなわち、赤い衣を着て、頭に鉄輪をいただいてその脚に火を灯し、怒る心を持つならば……と。女は笑う。
『這う鬼』
四条堀川のある屋敷に貴子という女が住んでいる。
そこで長宿直をしている男は、つかいからの帰り、奇妙な女から貴子に届けてほしいという文箱を託される。
その晩、用事が予定よりも早く済んだこともあり、自宅で一泊した男だったが、妻が開けてはならぬと
云われていた箱のなかを見てしまう。それに入っていたものは……。
『迷神』
道満絡みのお話
菅原伊通の妻は、夫が死んだことを心に痛め、死者を甦らせることを依頼した。
しかし、夜ごと通ってくる夫に、彼女は恐怖を抱いてしまう。
『ものや思ふと……』
天徳四年の春、内裏歌合わせが盛大にひらかれたとき、最後の歌であった壬生忠見と平兼盛のそれは互角だったが、
帝はそれを平兼盛の勝ちと判じた。忠見はその後、飯が喉を通らなくなって死に、亡霊となり、内裏をさまようようになった。
――歌合わせの会、壬生忠見と平兼盛の歌にまつわる裏話。
百人一首で御馴染み、壬生忠見の
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
と、平兼盛が詠んだ
忍ぶれど色にいでにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
の二首に、こんな因縁があったのは結構有名な話だそうだが、自分はこの話を読んだ時に初めて知った。
『打臥の巫女』
道満絡みのお話
京によくあたると評判の巫女がいた。藤原兼家は巫女を寵愛したが、あるとき占いで、瓜が見えたという。
その後、兼家は瓜を入手する機会があり、それを近づけることも遠ざけることもできずに、巫女のもとに見せに行った。
それを一瞥すると、巫女は阿倍晴明に相談するようにと云う。
『血吸い女房』
都では長く雨が降らず、たとえば藤原師尹が雨乞いの宴をひらいてみたものの、いっこうに雨が降る気配はなかった。
その師尹の屋敷に晴明は呼ばれていた。師尹に仕えている女房たちは、毎晩、何者かに血を吸われているのだという。
寝ずの番をしようと部屋に頑張った男どもも、いつの間にか眠らされていて、女房らは犠牲になってしまっていた。
7作品。
「おまえが、本当は、自分のことを独りだと思ってることがだよ。正直に言えよ晴明。おまえ、本当は、淋しいのだろう。この世に、自分しかいないと思っているのだろう。おれは、おまえのことが、時々、痛々しく見える時があるのだよ」
「そんなことはないさ」
「本当か」
「おまえがいるではないか、博雅」
ぽつりと晴明が言った。
というやり取りが、印象的でした。
「鉄輪」は、長編『生成り姫』としてリライトされる。
短編と長編を、読み比べてみて、小説家はどのように 短編を書くか?又、長編にしていくか?
読み比べるのも、なかなか楽しい。
堺市の中心で?を叫ぶ